僕は、去年コミュニティカフェの提案のため、
ある分譲マンションに入り浸っていた。

その分譲マンションの共有部の提案を行なう中で、
すごく良いなと思った事があった。

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その分譲マンションにはまず、
チームで屋台を提案した。

詳細は省くので、
チームの経過や提案について
詳しく知りたい方はこちらを見て欲しい。
Neighbors Next U26 Project Facebook

ざっくり書くと、
カフェの前にまずは、プロトタイプとして屋台を。
という話だったと思う。

その屋台が、秋祭りの日、使われた。



屋台を囲みながら、
「おれもやりたい!」 「わたしもやる!」
という言葉が聞こえた。

屋台を持ってまわる、
こども達の姿もさることながら、
おれがやりたい、わたしがやる、
と、独占していないところが、

とても素敵だなと思った。

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コミュニティに必要な要素は、
「主体性」
だと僕は、思っている。

メンバー自身が当事者意識を持って、
自分が、自分が、
と前に進める事がコミュニティ、
もとい、組織にとって大事。

例えば、会社でも
「自分がやります」
と手を挙げる事で、
刺激になってチームの業績が伸びると思う。

それが、僕の持論だった。
 
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その「自分がやります」組織は、
個人個人のパフォーマンスは
確かに上がるかもしれない。

案件に対してのスピードも
早いかもしれない。

けれど、チームとしての機能はどうだろうか。

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昔、当時付き合っていた人と
旅行の予定を立てるのに

「なんで自分はこんなにやっているのに、
 あなたは、やらないのか」

と、怒られたことがあった。

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「自分がやる」
というのは、主体的になる一方、
他者や周りに
「で、あなたは」
とついつい、期待してしまうのかもしれない。

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シェアハウスを運営する中で昔、
すごく積極的に、ハウスの事について、
取り組んでくれる人がいた。

管理をする会社としては、とても助かっている。

その人は、リビングの掃除を毎日、していた。

だが、だんだん疲弊してきて、
ついにその方は、退去となった。

その方に依存していた体制を、
早いうちになんとかできたのではないか、
と今も、とても後悔している。

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とはいえ、1人で行なうのは
複数人で作業する事に比べとても楽である。

プロセスの合意も要らなければ、
ゴールの共有も要らない。

自分が思ったようにすれば良いのである。

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「私が行なう」ということは、
一見して良いように見えるけれど、
穿った見方をすれば
「相手の行なう」機会を奪う。

私が行なわなければ、
相手が行なうのだけれど、

私も相手も行なうのであれば、
負担は半分で、機会も平等だ。

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今、住んでいるシェアハウスは、
誰かが、みんなの為にコーヒーを入れ始めると、
おやつを出してくれる人が現れ、
気づいたらコップを洗ってくれていて、
僕は他の住人のために、車を予約していたりする。

そして気づけばその間に、
お昼ご飯ができていたりもする。

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俺もやる、私もやる、
のあふれるコミュニティは、とても楽しい。

コミュニティは、機会をシェアする絶好の機会だ。

ペイフォワード。
まずあなたから、みんなのために、
「わたしもやる」という意識で、
始めてみてはいかがだろうか。