僕がR65不動産を創業したときの話です。

高齢者が部屋を借りられず困っているはずだ、と思い、区を決めて居宅介護支援事業所の、ア行から順に回り「不動産で困っていること無いですか」と聞いて回ったところ、あまりにも怪しかったのか、
「高齢者が不動産で困ることなんて、ある訳ないじゃないですか」
「不動産屋に用事あるなら利用者さん直接行きますよ」
と言われました。

やがて100社回ったところで、5社ほど「いや、実は困ってて、君ほんとうに助かるよ」と言われました。

少ないながらも案件を頂き、不動産の業者間サイトを見て該当の物件ないか調べ、1件1件電話し、確認しました。
「いや、高齢者になんか絶対、不動産貸す訳ないでしょ
と、物件確認した際、多くの不動産会社さんに言われました。

200件くらい不動産会社に電話すると、5件くらい見れる物件が見つかったので、入居者さんに紹介すると、
「お引越は無くなったんです」「ちょっと条件は違いますね」ということでお断りされ、5件頂いていた方のうち、1件の方のみご案内した後、申し込み、成約しました。

これが、法人成りして最初の年でした。
(ちなみに、法人成りする1年前、25歳のときに個人事業主として創業しましたが、その1年間ほとんどお問い合わせが来ませんでした。)



たまたま目にかけてくれた社会福祉士の方が、区の集まりに呼んでくれ、区内の方から様々ご紹介頂きました。
また新聞の方にも取材頂きました。「まだまだ事業として結果は出ていませんが・・・。」とお話するも、「それでも取材したい」とのことでした。「困っている人に届くなら」と思い、取材をお受けしました。

新聞記事が出てから、本当に多くの方からお問い合わせを頂きました。大家さんから部屋を貸したい、というお申し出がありました。お問い合わせだけでなく、激励もありました。
お問い合わせの中には、年齢を理由に断られる方だけではなく、精神疾患や家賃滞納、過去の犯罪歴などからお部屋が借りられない方の案件がたくさん舞い込みました。が、不動産会社からOKの出るお部屋はごく少数。結果、瞬く間にパンクしました。

これじゃあダメだ、と思っていたところに、「働きたい」というお申し出
「正直、こんなに大変な仕事を他の人に任せていいのだろうか」と思い、その面談中、ずーっと自分の会社の悪口を言いました、がそれでも「働きたい」と。3日間、僕は悩んでいたのですが、そのとき石川治江さんという大先輩に会い、「本気で変えたいなら1人でやってないでチームにしなさい」と言われ、雇用を決めました。

これが法人成りして2年目でした。



人を雇ってみたものの、教育はほとんど分からず、また日々の業務で手一杯。人を教えている余裕もないまま、数少ない原資はどんどん人件費に溶けていきます。

雇い始めて3ヶ月、すこしずつですが、結果が出る様になってきました。
でも、お問い合わせは増える一方。
ありがたいことにこの頃から、すこしずつニュース番組に出る様になってきたのです。

お待たせするお客様だけでなく、電話に出られないこともしばしばありました。

そんな頃、テレビをみた方がご連絡。「御社で働きたい」と。
経験者ということもあり、1人目の社員と相談しましたが、ほとんど即決で決めました。原資が消えるスピードが3倍になりました。

平行して、良い役員に恵まれ、法人ももう1つ作りました。

しかし、まだまだ不動産会社が高齢者を受け入れてはくれません。100件近く電話し、物件を確認し、お客様にご案内するという状況でした。
やはり、不動産会社に受け入れてもらうよりも、高齢者を受け入れてもリスクのない仕組みづくりが大事だ、と思い、平行して見守りや保険、保障会社にアポを取り、いくつになっても賃貸で住み続けられる仕組みを作り始めました。
不動産仲介・見守り・大家さん対応とを平行して進めていました。

が、その最中、雇用条件が折り合わず、わずか半年足らずで唯一の経験者が退社となりました。

本当に情けない、法人成りして3年目がスタートしました。



3年目は前半、葛藤の時期でした。
社員の教育と見守りの仕組みづくりと大家さん対応とを平行しながら不動産仲介で売上を作り、作った売上は社員の人件費に全て消えました

手元に残るのは、会社員時代では考えられなかった、ほんのわずかばかりの生活費のみ。
僕は一体誰のために働いているのだろう。
本当は何がしたいんだろうか。まずは自分の生活が優先ではないだろうか。



売上効率の悪い事業なので、人も増やせず、「対応がきちんとできていない」と怒られることも増えてきました。

「人に喜ばれたい」と思って始めた事業なのに、迷惑ばかりかけるなら、辞めた方がいいんじゃないか。
何度もそう思いました。辞めよう、いや辞めない、辞めよう、いや辞めない、の繰り返しでした。
 
実際、休みのとき他の事業を立てられないか仮説検証もしました。

社員の支えもあって、なんとか見守りやメディア出演に集中できる様になりました。
それでも何かトラブルが起こった時は他の全てが止まってしまい、僕だけでなく社員が怒られることも増えてきました。

やがて、社員にこっぴどく怒られ、見限られました。
1年間手伝ってくれた社員も去っていきました。
唯一、残ったスタッフと、今後をどうするか考えました。



いろいろ考えて、スタッフは仲介に専念してもらい、受けきれないお客様は、入居希望者本人にも伝えて後回しにしました。僕は、見守りの仕組みづくりと不動産会社回り・大家さん対応に集中しました。

結果、なんとか会社が回り始めました。
実はそれは、法人成りして3年目の2018年9月、つい最近のことなのです。



ありがたいことに、不動産仲介と不動産管理が順調に伸びてきまして、また大家さんや管理会社さん向けの仕組みづくりが、この2ヶ月で市場に受け入れられている実感を掴んできました。

いよいよ、「いくつになっても賃貸住宅を借りられる、R65不動産のなくなる未来」が見えてきました。
社名は出せませんが、大きな不動産会社さんからのお声もかかるようになり、高齢者の受け入れに非常に前向きになってきました。
国交省や厚労省の方と同じテーブルで勉強会をすることや、県外の自治体にお招き頂き、「高齢者が賃貸住宅に住み続けるにはどうするか」ということを講演させて頂くことがちらほら出てきました。法案改正のお話も、様々な方が早めに教えてくださったり、業界団体向けに情報提供する機会も増えてきました。



高齢者が部屋を借りられない、という問題は、実は過去3年そこそこの話ではありません。
これまでの30年程ずっと、「高齢者は賃貸住宅を借りられない」と言われていました。

が、今までは高齢者で部屋を借りる人が少なかったため、そこまで問題にはなりませんでした。
現在、高齢者の数が増えた、ということもありますが、築35年を越える住戸が1369万戸(平成25年)。これが一気に建て替えが起こる時期に来ています。今後一気に、市場に高齢者で部屋を借りなければならない方が増えます。

誰も手を付けることができなかった市場ですが、社内外で支えてくれる人のおかげで、ここまでやって来れました。
今まで、本当に多くの方にご迷惑をおかけしたことでしょう。
大きな企業さんとの取引もありましたが、今までよくこんな社内体制の弱い起業にお付き合い頂けたもので、担当の方には感謝しかありません。

今は、アルバイト含めて8名で回しております。
僕自身は、経営と見守りの仕組みづくりに集中させてもらっています。



こんな道のりを経て今ようやく到着しました。でも、ここはまだまだ山の麓に来ただけなのです。
情報や仕組みは揃い始めました。ようやくみんなが「高齢者が賃貸住宅を借りれなければ大変なことになる」と気づき始めました。
 
今、山の麓に着き、かつて遠くから見ていた課題がはっきりと見え、これから登り始めるところなのです。
僕たちR65は、装備を整え、今ちょうど山に登らんとしているところです。

この登山はきっと、非常に体力の要る、険しい登山になることでしょう。
1人ではできず、でも横並びで遅々と登るのでは間に合いません。
もしかしたら、最終的に登る山は違うかもしれません。
でも途中まで、もしくは途中から、登れるところを一緒に登りましょう。
ご迷惑をおかけすることはあると思います。でも、僕たちはこの山を登頂したいのです。